1959年(昭和34年)、当時の皇太子明仁親王と正田美智子(今上天皇・皇后)の婚礼パレードにおいて投石事件[5]が発生、国を挙げての祝賀ムードに水を差すものとして、犯人である少年と家族は村八分とも言える扱いを受け、世間から隠れるようにして暮らさなければならなかった。1988年(昭和63年)、昭和天皇の入院の際には、娯楽系のテレビ番組休止やコマーシャルの台詞にまで配慮[6]といった形での自粛が行われ、祝宴などの華やかな行事、果ては地域の祭りやスポーツ大会までも自粛するといった動きがみられた。もっとも、皇太子(当時)の「過剰な反応は陛下の心に沿わないのでは」なる発言が報じられると、逆に“自粛を自粛”しようという動きも見られた。
1989年2月2日、突如各紙朝刊に扶桑社と大日本印刷株式会社の連名で「2月2日発売の『スパ!』の記事の一部に不穏当な誤植がありましたことを深くお詫び申し上げます(原文)」の謝罪広告が掲載され、その週の『SPA!』が発売中止になる事件が起こった。これは『SPA!』で当時連載されていたコラムの中で大正天皇が大正洗脳と打ち違え・誤変換のまま印刷されてしまった校正ミスが原因だが、どんなミスだったかについては謝罪広告では一切触れられなかった。
満天の星空
勇輝の相思相愛
理想の生活
蓮のロマン飛行
アーモンドチョコレート
アボカド
イケメンスポーツの基礎知識
エンゲージリング
オトナモード
お風呂で癒し気分
キューピーさん
ケンカ番長
ささゆりの里
シルキーみんなの政治
ソウルでミュージック
でかこかあさん
にんにくおしょう
バナナ・ボート
ひなの灯台下暗し
フレンドバイオコンピューター
1993年には漫画家の小林よしのりが同じく『SPA!』で連載していたゴーマニズム宣言において「カバ焼きの日」と題して皇太子徳仁親王の結婚とそれを報道するマスコミをギャグにした作品を執筆した際に編集部内で問題となりその回だけ急遽連載休止に追い込まれる事件が起こった。